■共同通信の週刊「チャイナ・ウオッチ」より抜粋、転載しています。
■「話題・ひと探索」天職は柔道の道場主=門弟の数は1万人以上
香港・銅鑼湾にある「東洋警備」の向かいの部屋は、80畳敷きの柔道場だ。各国の若者が汗を流す中、同社社長で香港柔道館館長の岩見武夫さん(65)が、がっしりした体を柔道着に包み「今の攻め、休むな休むな。どんどんいけっ」と声をかける。
岩見さんは「天職は柔道の道場主」と公言してはばからない講道館七段の柔道家。1966年に開いた道場から、これまでに1万人を超す門弟を送り出し、現在は中国の上海、広州などにも指導に出向く。
62年、学生だった岩見さんは旅行で訪れた香港の活気に魅せられ、「ここで力を試そう」と翌年に移住。一時日本に戻って出場した東京オリンピックのレスリング予選では最終予選まで残った。当時はレスリングと柔道を掛け持ちする選手だった。
香港移住当時、香港島と九龍を結ぶのはフェリーのみ。新界地区には野生のトラが出没、夜になると家畜がその遠ぼえにおびえていたという。
66年、柔道を教えようと道場を開いたが、当初は弟子が集まらなかった。しかし、大家は家賃の支払いを待ってくれ、行きつけの中華料理店は食事代をツケにしてくれた。「香港人の懐の深さが身にしみた」と振り返る。
当時、香港の柔道人口は1000―2000人。道場経営は苦しく、ウナギなどを日本に輸出するビジネスを手がけながら柔道の火をともし続け、ミュンヘン、モントリオール、ロサンゼルスと3回の五輪で香港チームの監督を務めた。
親友だった故猪熊功氏とともに「柔道着ひとつぶら下げて」フィリピン、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランドなどの各地にも柔道の種をまき続けた。「どこに行っても柔道の友達がいる」のが誇りのひとつだ。
こうした活動が認められ、柔道を通じて国際親善に貢献したとして一昨年、外務大臣表彰を受けた。道場には神棚とともに弟子たちの出身国の国旗。「神棚だけだと抵抗のある人もいる。いろいろな国があると結構大変なんだ」と笑う。
弟子の1人が現在の夫人。香港チャンピオンに育て上げた長男は、米国の大学を卒業し、現在は早稲田大大学院で国際関係学を学ぶ。「日本人と中国人の縁が広がり、親の願いが子供によって実現されていく」と頼もしげだ。
65歳の今も「もっと、うまくなりたい。技を極めたい」と弟子に交じって汗を流しながら「夢の十分の一も百分の一も実現できていない」と話す。道場を開いた時と同じように今も明日を見つめ続けている。
(香港・共同=木本一彰)
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